歴史

2016年4月11日 (月)

黄金の アフガン展の 内覧会

P1190324s上野の東京国立博物館で「黄金のアフガニスタン展」が開かれた。一日早く開かれる「内覧展」を見る機会があった。館長の挨拶、アフガニスタンの情報文化省副大臣、文化庁長官などの挨拶があり、流出文化財返還式が行われた。

P1190326s西暦1世紀頃、「文明の十字路」と呼ばれたこの地の有力者の墳墓で見つかった黄金の装飾品が沢山展示されていた。 珍しい仏陀像やヒンドゥー教関係の彫刻もあった

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2015年2月 8日 (日)

松戸市の 徳川別邸 戸定邸(とじょうてい)

Cimg3181s水戸藩最後の藩主徳川昭武の別邸。紅梅が満開との情報があったので出かけてみました。写真は明治17年頃に造られた和洋折衷庭園の広い芝生と明るい客間。

Cimg3189s戸錠が丘公園の紅梅が満開!(Ba)

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2013年4月14日 (日)

国分寺 今は礎石が 残るだけ

Kokubunji1 国分寺市で同期会に出席した帰り、武蔵国分寺跡に寄った。金堂跡、中門跡などの礎石が残るだけ。 

Kokubunji2 現在の国分寺。境内には万葉の花が沢山咲いてた。
Kokubunji3 付近一帯は湧水が豊富で名水に数えられているところもあった。 大岡昇平の「武蔵野夫人」で「はけ」と言われているのはこの辺らしい。

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2012年8月16日 (木)

子供らが 受け継ぐ伝統 竜頭獅子

柏市の西光院で県の無形文化財に指定されている「篠籠田の三匹獅子舞」が行われたので見に行った。(注意:動画は約5分長いです。)  真言宗豊山派の綺麗な寺、盆の施餓鬼の日で檀家の人が集まり、本堂では読経の声がする。 境内の芝生に注連縄で仕切られた舞台が出来て、午後三時半狐面をつけた10人位の田夫役の先導で三匹の龍が登場する。第一幕は田夫の勇壮な踊りである。 五穀豊穣の祈りか? 次に龍の優雅な舞になる。はじめ一匹ずつ、最後に三匹が一緒に舞う。 獅子舞のように勇壮な舞ではなくて、優雅な舞である。舞を務めるのは男性であるが、笛の合奏は中学生位の可愛らしい女性10人位(天女役)である。 四隅に花を持つ役が座っている(この役の意味不明)。 真夏の一番暑い盛りのことで舞をする人には団扇で風を送る人が付いている(黒子役)。 舞が終わると夕暮れになり見物客も何軒かの屋台もさっと消えて行った。 近くの「布施の弁天」でも紅龍が現れたことが縁起に出てくる。 農民の雨乞いの気持とともに最近の竜巻のことも思い出した。(動画がスムーズに進まない時は下の小さい画像で試してください。)

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2012年6月23日 (土)

印旛郡 岩屋古墳の 説明会

P1130248  我孫子の東30km、千葉県印旛郡に「龍角寺古墳群」というのがあり、最も大きい「岩屋古墳」で現地説明会があった。 梅雨の晴れ間の休日で考古学愛好者が大勢集まった。 30人位のグループに分かれ、トレンチ(発掘溝)や石室の一つに入り学芸員の人の説明を聞いた。 7世紀前半、古墳時代終末期の築造で方墳としては全国有数の規模とのこと。 ただし、刀剣、鏡などの出土品の展示はなかった。 なお、すぐ近くに白鳳時代の金銅薬師如来で有名な龍角寺がある。

P1130259  石室は狭く四、五人でいっぱいになる。 長い列に並んで順番を待ってからヘルメットを被って入る。 奥行は5m位でそこに祭壇跡がある。 写真は入口に向かって撮ったもの。 壁や天井は切り石にしてきちんとハの字形に積み上げられている。 近くで採れた貝化石を含む砂岩であるが、入口近くの天井の石だけは筑波て採れた片岩になっているとのこと。

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2012年6月 8日 (金)

マチュピチュと スカイツリーを 梯子する 

上野の国立科学博物館に「インカ帝国展」(マチュピチュ「発見」100年)を見に行った。 「3Dスカイビューシアター」というのでコンドルと一緒に空から山上の神殿や段段畑を眺めたがあの奥の方の山頂に登るのは相当きついだろうと思った。 「スカイ云々」からの連想ではないが帰りに「スカイツリー」に寄り下からデジカメ動画を撮った。 我孫子からでは青の部分が薄くなってはっきり見えないが近くからは鮮やかに見える。 日によって「青」(男性)は「紫」(女性)に替わるとのこと。 

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2012年1月 7日 (土)

大仏の 岩根動かず 津波にも

P1110487  正月五日、鎌倉・高徳院の大仏を拝観した。 近寄って仰ぐと背景の青空に時々流れて来る白い雲は光背、飛んでくる鳶や飛行機は光背に散りばめられた化仏のようにも思えた。 大仏殿は15世紀末の明応東海地震(M8.2~8.4)による津波で流され、今は大きい礎石だけが残っている。 ここは海抜10m、東日本大震災クラスの津波に襲われたのであろう。 以来500年間大仏は露座のままである。 最近台座と本体の間に免震機構をつけたり首をプラスチックで補強したり対策がされているようである。


P1110562  江ノ電に乗って夕暮れの稲村ヶ崎から七里ヶ浜、江の島、富士山を眺めることにした。  公園にはカメラマンが大勢集まりそれぞれ好みの位置に着いていた。写真で左の部分に江の島、その背後に伊豆半島が見える。


P1110499   ここは波が高くサーフィンに適しているらしく、この寒いのに波の合間に愛好者が点々と浮かんでいた。 

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2011年11月 2日 (水)

濃霧でも 欠航せずに 飛ぶ真雁 

P1090745s 伊豆沼2泊3日の最終日。目を覚ますと深い霧、沼縁に行くと岸近くにいるマガンの群れがぼんやりと見えるだけ。 日の出の時刻になると鳴き声が高くなり、その後静かになったから飛び立った様子だが姿は見えなかった。 しかたなく今年「世界歴史遺産」に登録された平泉の「毛越寺」に行くことにした。

影絵のような塒たちの様子を下記URLで見られます。

http://youtu.be/OE4EKvHEWdc

P1090757_2 平泉駅から「毛越寺」までは徒歩約10分。 両側の商店や銀行は全て真新しい和風の家に建て替えられ、電柱がなくなり、すっきりした感じになっている。 環境整備は17年位前から計画的に進め最近完成したとのこと。

P10907642s本堂。創建は平安初期(850年)慈覚大師円仁。平安後期藤原基衡、秀衡の庇護により栄えたが、その後の兵火、野火で基礎部を残しすべて失われた。 現在の建物は平成元年の再建。本尊薬師如来坐像は平安時代のものとのこと。
P1090768本尊薬師如来坐像と日光月光両菩薩立像。 平安時代の作といわれる。

P10907641s 芭蕉句碑、「夏草や」。古いもの(左)と新しいもの(右)がある。本堂の前、南大門の横で松の木立の向こうが「 大泉ケ池」になっている。

P1090812「大泉ケ池」(オオイズミガイケ)。水清く鳥や魚の姿は見えない。岸は州浜となり小石が敷き詰められている。池の南(左側)に南大門、北(右側)に金堂「円隆寺」があり池の中島を介して二つの橋が架かっていたはずである。 今は礎石だけが残る。 伽藍配置図から見ると平等院の鳳凰堂と同じように両翼先端に「経楼」と「鐘楼」の跡がある。

P10907644s 「常行堂」 天台宗の修行道場。本尊「宝冠阿弥陀如来」。 現在の茅葺宝形造りの建物は江戸時代の再建。 

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2011年9月 5日 (月)

来てみれば どこか似ていた JAWAとAWA

Jawtoawa 十日間の旅行の写真を纏めるのに十日かかってしまいました。 お暇な方は下記をご覧下さい。 ジャワは回教の国で、毎朝四時半からコーランの声で起こされ、ちょうど断食月でレストランは昼間ガラ空きでした。 しかし農村では今田植えやタバコの葉の乾燥作業をしていて、何となくかつての阿波の風景に似ているように思いました。 着けて歩いた「四国遍路」の歩数計は38番札所から44番札所まで歩いたことになっていました。 弘法大師と同時代(9世紀)に仏教やヒンドゥー教で栄えた寺院ですが今は参る人はなく、香や華は供えられていません。しかし文化財としてよく保存されていました。

http://www.geocities.jp/ba3tuchiura/java/framepage1.html

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2011年8月27日 (土)

 マンダラを 地上に建てた ジャワの人

Photo  8月17日~26日の間、「京都大学美研OB会」の「ジャワ遺跡周遊10日間」に参加して中部ジャワのジョクジャカルタ周辺を廻った。 日本の奈良時代~平安初期に相当する時期で密教的な仏像や神像、マンダラを思わせる伽藍配置などに興味があった。   仏教寺院とヒンドウー教寺院、ほぼ同数を廻ったが、外観はよく似ていて祀神(仏)が違うだけのようである。上の写真はジョクジャカルタの北西40kmのところにあるチャンディ・ボロブドウール(仏教)で東側階段登り口から撮ったもの。Photo_2 下の写真はジョクジャカルタの東20kmのところにあるチャンディ・プランバナン(ヒンドウー教)とチャンディ・セウ(仏教)が並ぶ姿を王宮があったという高台のラトウ・ボコから撮ったもの。

 断食月と独立記念日が重なり街は賑やか、乾季で晴天続き、暑さも程々で快適な旅であった。

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